出産に備えるためのマタニティトレーニング

2022.11.05

子どもがほしいけど、なかなか授かることができない。
このような悩みを持つご夫婦には、妊活や不妊治療が保険適用外で医療費が高額になるということは、さらに悩ましい問題だったと思います。
この問題の解決にようやく政府が動き始め、令和3年1月には不妊治療助成金、令和4年4月からは保険適用が開始されることとなりました。
このような背景とともに、妊活や不妊治療を公表する芸能人やタレントも増えていることから、子どもを授かるために前向きに取り組んでいこうというご夫婦も増えてくると思われます。
このような活動の末に子どもを授かることができたら、喜びもひとしおですよね。
しかし、子どもを授かった後には妊娠期間中をどのように過ごしたらよいのか、といった新たな疑問がわいてくることもあるかもしれません。
そこで今回は、妊娠期間中をいかに過ごすか、特に妊娠期間中のトレーニング(以下「マタニティトレーニング」といいます)についてご紹介してみたいと思います。

妊娠期間中にトレーニングを行っても大丈夫なのか?

近年「トレーニング女子」なる言葉も世間一般に浸透してきました。
理想のスタイルを手にするためにトレーニングをしている方、あるいはステイホームのストレス解消のためにおうちトレーニングをしている方、そのほか様々な理由でトレーニングに取り組んでいる方、取り組まれようと考えている方がいると思います。
それでは妊娠期間中にもトレーニングを行っても大丈夫なのでしょうか?
結論から言うと、トレーニングは行っても大丈夫、というより積極的に取り組んでいくべきものです。
しかし、妊娠期間中における体調は人それぞれですので、体調面に不安がある方はかかりつけの産婦人科医に、トレーニングする許可を得てから取り組むのがいいでしょう。
マタニティトレーニングの最大の特徴(通常のトレーニングとの違い)は、妊婦自身のことだけではなく、お腹の中の赤ちゃんのことも考慮しなければならないことです。
そのため、妊娠性高血圧(子癇前症)や破水、早産の危険性のある多胎妊娠など、出産に関連する重大な症状が見受けられる場合は、絶対禁忌事項になるためマタニティトレーニングは避けるべきです。
また、Ⅰ型糖尿病や極度の肥満・痩身、その他基礎疾患等をお持ちの方は、必ず産婦人科医の許可を得てから、マタニティトレーニングに取り組むようにしましょう。

マタニティトレーニングの効果

それではマタニティトレーニングにはどのような効果が期待できるのでしょうか?
マタニティトレーニングは、心肺機能や骨格筋機能の向上、シェイプアップ、メンタル面の安定、睡眠の安定といった通常のトレーニングで得られる効果のほかに、以下のような効果もあります。
・産褥期(出産後身体が元の状態に戻るまでの6~8週間)の回復を促進する
・分娩時間が短縮される
・陣痛が軽減される
・妊娠に伴う疾患(妊娠性高血圧や妊娠糖尿病等)を予防する
・腰痛や骨盤底筋群の機能不全、妊娠による尿失禁等の予防  等
例えば、出産後体重が増えてしまい、産後ダイエットに苦労しているという話を聞いたことはないでしょうか?
実は妊娠期間中にマタニティトレーニングに取り組むことによって、出産後の体重増加を抑制する(より正確には妊娠前の状態に戻りやすくする)ことができます。
また、マタニティトレーニングで身体の状態を整えることで、出産時の“いきみ”を助けることができるため、分娩時間が短縮されてより楽に出産することができるとも言われています。
マタニティトレーニングが与える効果は、妊婦に限ったことではありません。
おなかの中の赤ちゃんにも効果があるのです。
例えば、妊娠期間中にマタニティトレーニングを継続的に行っていたお母さんから生まれた赤ちゃんは、そうでないお母さんから生まれた赤ちゃんより約300~350g体重が軽いことが研究により示されています。
これは赤ちゃんの皮下脂肪量が少ないことが要因だとされています。
トレーニングによる脂肪燃焼は母体だけではなく、赤ちゃんにも起こっているのですね。
一方でマタニティトレーニングの方法を誤ると、悪影響が及んでしまいます。
激しいトレーニングにより妊婦の心拍数が多くなりすぎてしまうと、おなかの中の赤ちゃんの徐脈が見られるようになり、低酸素血症の危険性が高くなってしまいます。
権威ある医学会では、適切なトレーニングが子宮活動の異常を招いたり、早産・流産の可能性を高めたりすることはないと声明を出していることから、適切な方法でマタニティトレーニングを行うことが重要だということがわかるでしょう。

マタニティトレーニングの方法

それでは適切なマタニティトレーニングは、どのように行えばいいのでしょうか。
マタニティトレーニングでよく推奨されているのはウォーキング、ルームバイク、スイミング、ヨガなど、いわゆる有酸素運動と呼ばれるような運動です。
スプリントが必要となるダッシュのような無酸素運動は、おなかの中の赤ちゃんに酸素が行き渡らなくなる可能性があるため、避けた方が良いでしょう。
そのほか、マタニティトレーニングは、以下のように行うことが好ましいとされています。
〇中強度のトレーニングを1日15分~30分程度、週3日~毎日行う。
以前運動強度の指標で「RM(Repetition Maximum:反復して行うことができる最大回数)」をご紹介しましたが、妊娠している女性がRMを推定するために最大の力発揮を行うことにも危険が伴います。
そのため、マタニティトレーニングにおいては、多くの場合、主観的運動強度(RPE:Rate of Percelved Exertion)を用います。
RPEの中強度とは、ややきついと感じる程度、会話を続けながらトレーニングすることができる程度です。
息を止めて思いっきり力を入れなければならない強度のトレーニングは、おなかに過剰な負荷がかかるため避けるべきです。
「主観的」強度は、その日の体調によって感じ方が変わることも少なくないため、あくまでも目安として、決して無理をしないように強度やトレーニング時間を調整しましょう。
〇妊娠初期(~妊娠3か月)以降は、仰向けでのトレーニングを避ける
おなかの中の赤ちゃんが大きくなるにつれて、子宮が大きくなってきます。
その状態で仰向けになってトレーニングを行うと、血管が圧迫されて低血圧となり、赤ちゃんに悪影響を与えてしまいます。
そのため、妊娠初期以降は仰向けで行うトレーニングは避けるようにしましょう。
〇ケガの危険性が少なく、腹部への衝撃があったり、身体のバランスを失ったりする可能性が小さいトレーニングを積極的に取り入れる
妊娠している女性はおなかの中の赤ちゃんが大きくなるにつれて、それまでとは身体の重心が変わってきます。
また、妊娠期間中は関節が緩んでしまうため、身体のバランスを取りづらいと感じることもあるでしょう。
これらのことから、バランスや高度な身のこなしが必要となるトレーニングは、転倒して母子共に重大な傷害を受ける危険性があるため、極力避けるようにしましょう。
しかし、バランス感覚を高めるため、座ったり補助につかまったりしながら行う転倒の危険が低いトレーニングは有効であるため、ゆっくりと行うトレーニングは取り入れてみると良いでしょう。
特にインナーマッスルで有名な腹横筋を鍛えることは、バランスが取りやすくなるだけではなく、出産のときの“いきみ”にも役に立つのでオススメです。
〇体温上昇を抑制するために、水分補給をしっかりと行い、服装や室温に配慮する
お母さんの体温が高くなると、赤ちゃんに悪影響が及ぶ可能性が高くなります。
そのため、ホットヨガやサウナなどで身体を温めて汗を流そうとするのは、赤ちゃんに危険が及ぶため避けるようにしましょう。
一度お母さんの体温が上がると、その後に自身の体温が下がったとしても、おなかの中の赤ちゃんは保温状態におかれるため、体温上昇による影響を受けやすくなります。
また脱水症状に陥らないよう、そして体温上昇を抑制できるようにこまめな水分補給を行うとともに、高温多湿にならないように服装やトレーニング環境を管理しましょう。
〇出産後も妊娠していたことによる身体の変化が残るため、徐々にトレーニングを再開させる
先にも挙げたように産褥期と呼ばれる、出産後身体が元の状態に戻るまでの回復期間が6~8週間あります。
その期間にはいきなり高強度のトレーニングを行うのではなく、身体がしっかりと適応できるように徐々にトレーニングを再開させるようにしましょう。

母子両方の身体を大切にマタニティトレーニングに取り組もう!

妊娠期間中の女性は、特有の注意が必要になります。
よく疲れやすくなったという症状を感じる方がいますが、運動不足によるものだけではなく、おなかの中の赤ちゃんが大きくなるにつれて横隔膜の動きが妨げられるようになり、呼吸に大きな力が必要となることが原因にもなっていると考えられます。
また、ついつい食べ過ぎてしまうという話をする方も多いと思いますが、妊娠している女性は妊娠していない状態より約300kcal/日 エネルギー消費が多く、特にトレーニングを行っているときは炭水化物(糖質)の消費割合が高くなると言われています。
このため食事制限によるダイエットは、エネルギー不足を招く可能性があるため、妊娠しているときは避けるべきです。
妊娠していないときより食欲旺盛になるのは当然のこととも言えるため、食べ過ぎてしまったと感じた場合は、適度なマタニティトレーニングでカバーするようにしましょう。
妊娠期間中のデトックスは、赤ちゃんに毒素が流れてしまう可能性があるため、妊娠より前、または出産、授乳期間後に行うとよいでしょう。
妊活をしている方は、すでにデトックスに取り組んでいる方もいらっしゃるかもしれませんね。
お母さんの身体のことはさることながら、おなかの中の赤ちゃんの身体のことも考えて、心身ともに健康な状態で出産に臨めるようマタニティトレーニングを取り入れてみましょう。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

<参考文献>
・ジャレッド・W・コバーン/モー・H・マレク編、NSCAパーソナルトレーナーのための基礎知識(第2版)、NSCAジャパン、2013
・特定非営利活動法人NSCAジャパン編、ストレングス&コンディショニングⅠ、大修館書店、2003