子どものための「健康」を考えよう

前回は妊娠期のトレーニング「マタニティトレーニング」についてお話ししました。
妊娠期の健康を維持増進して、無事出産を終えたら、お母さんの身体を妊娠前に戻すこと、そして何より生まれた子どもがすくすくと育ってくれるように、子育てをどのようにしていくかということも考えなければいけないですよね。
近年物騒な世の中になり、大人の目の届かないところで、公園や河川敷などで自由に遊ばせることが難しくなってきました。
それに加えて、スマートフォンやテレビゲームで遊ぶことが主流になってきており、身体を動かす遊びをする機会が少なくなってきています。
学校施設を拠点に活動しているある総合型地域スポーツクラブの現場では、「自由に遊んでいいよ」と言っても、どのように遊んでいいのかわからずに立ち尽くしてしまう子どもが増えているといいます。
今、子どもの遊ぶ環境が危険にさらされているのです。
子どもは成長する過程で、様々な経験をして、様々な刺激を受けて、大人になっていきます。
子ども時代にしかできないこと、得られないことがたくさんあります。
そこで今回は、子どものための「健康」についてお話ししたいと思います。

なぜ子ども時代に運動が必要なのか?

スマートフォンやテレビゲームのような身体的な運動を伴わない遊びでは得られないこと、身体的な運動をすることによって得られる効果にはどのようなものがあるのでしょうか。
1つ目は、身体的健康を増進し、身体的な成長をさせることです。
適度な運動を行うことにより筋肉や骨を強くすることができ、丈夫な身体を手に入れ、ケガを予防することができます。
さらに運動習慣を身につけることにより、筋力や持久力、柔軟性などを必要とする身体能力(スピード、パワー、アジリティ、バランス、コーディネーションなど)を高めることができます。
また子ども時代、特に思春期前の子どもにとって最も大事なのは、神経系の発達です。
教育学でとても有名な「スキャモンの発育曲線」というものがあります。
これによれば、12歳までに神経系の発達がほぼ完了してしまい、それ以降の伸びしろはほとんどないということがわかります。
一般的に「運動神経」と言われる運動の出来不出来は、小学校を卒業するまでに決まってしまうことを意味しています。
それまでに、いかに多様な運動を行って、神経系を発達させることができるかが、その後の人生にも大きく影響してくるのです。
また、運動習慣は遺伝に関連する生活習慣病(肥満、糖尿病、高血圧など)を改善する効果も期待されています。
2つ目は、精神的健康を増進し、心の平安を保つことです。
子どもは知性の面においても、心理の面においても発達段階にあります。
運動をすることで、大人と同様に、爽快感や幸福感を得られたり、自己評価や自己効力感を高めたりすることができます。
今までできなかったことができるようになるという達成感を得られることもあるでしょう。
さらには、定期的な運動の習慣が、学業における成績向上にも影響してくると言われています。
医学博士ジョン・レイティ氏の「脳を鍛えるには運動しかない」という著書がありますが、子どもの脳を育てるのもまた運動なのです。
3つ目は、社会的健康を増進し、コミュニケーション能力を伸ばすことです。
運動、とりわけスポーツにはルールがあり、そのルールの中で相手と競い合うことになるため、ルールや秩序を守るといった社会性を身につけることができます。
また、仲間とともに同じ目標に向かって取り組むといったように、社会や集団の中で個人として何ができるかを考え、行動していくということも学ぶことができるでしょう。
これら3つの効果は、WHOが発表している健康の定義(「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」)における、「肉体的」「精神的」「社会的」に完全に良好な状態を築き上げるものであり、子ども時代のみならず、大人になってからも影響してくる極めて重要なもの、それが運動であるということなのです。

子どもが筋トレをしても大丈夫?

「子どもが筋トレをすると身長が伸びなくなる」ということを聞いたことがある方もいると思いますが、本当にそのようなことがあるのでしょうか?
結論から言うと、やり方を間違えると可能性としてゼロではないということです。
それは、成長期の骨端部は骨格の中で弱い部分であり、長骨の骨端部がキズを負ってしまうと、成長が止まる危険性があるということに由来しています。
しかし、適切に構成され、正しい方法で行う筋トレでは、そのような危険性は極めて低いと言えるでしょう。
特定の部位のみを過度に鍛えようとしたり、使い方がわからないトレーニング器具を使って自己流で鍛えようとしたりすることは大変危険なので、本格的な筋トレを行う際にはしっかりとした知識を持つ人が指導できる環境を整えるようにしましょう。
ちなみに、思春期前の男性は、筋肉を大きくするためのアンドロゲン(男性ホルモン)の分泌が十分ではないため、成人男性と比べて筋トレによって筋肉が大きくなる程度は限られてしまうとされています。
思春期前の男性が筋トレによって得られる筋力は、主に神経系の適応(運動単位の活性化)によるものなのです。
そのため、思春期前の男性は、トレーニング器具を使った筋トレを行うより、様々な競技種目、様々な運動経験を通して、神経系の適応を促す取り組みの方が効果は得られると考えられます。
なお女性では、アンドロゲン(男性ホルモン)により筋肉が大きくなることは少なく、主に成長ホルモンやインスリン様成長因子により筋肉が大きくなるとされています。

子どものための運動・トレーニング方法

一般的に子どもたちは、遊びやスポーツ、登下校などを含めた運動を毎日60分以上するのが望ましいと言われており、また発達段階に合わせて多種多様な動きを楽しみながら行うことも推奨されています。
子ども時代は、クラスで一番短距離走の速い子どもが、持久走でも一番速い結果を出すことも少なくなく、特定の能力にフォーカスして鍛えることには向かないとされています。
そのため、発達の過程で様々な種類の運動やスポーツを経験する機会を準備するべきなのです。
サッカー王国と呼ばれるブラジルでは、サッカー選手を目指す子どもの多くが、サッカー以外の競技も経験しているといいます。
特定の種目だけを行うのではなく、様々な種目を経験する中で、身体の神経系を発達させ、適応を促進した方が、思春期前の子どもには有効なのです。
思春期以降になって子どもが筋トレを行う場合は、大きく4つの段階に分けてトレーニングを計画します。
・第一段階(2~4週間)
週2~3回、1回20~30分のトレーニングとし、比較的軽い負荷(10~15回できる程度)から始めるようにしましょう。
自重やダンベル、マシンを使用し、それほどテクニックを要さずかつ大筋群を鍛える基本的なトレーニング(例:大胸筋→プッシュアップ、ベンチプレスなど)を選択しましょう。
・第二段階(4~8週間)
週2~3回、1回25~30分のトレーニングとし、特にケガの予防、安全で効果的なトレーニングテクニックを身につけるようにします。
引き続き負荷が重くなりすぎないよう10~15回できる程度とし、大筋群においては2セット行っても良いでしょう。
また、トレーニング開始前には腹筋や背筋界隈に対するウォーミングアップを取り入れるようにしましょう。
・第三段階(8週目以降)
第二段階までで基本的なトレーニングテクニックを習得した場合に、この段階に進むようにします。
週3回、主要なトレーニングメニューを計8~12セット行います。
基本をマスターしたこの段階で、新たなフリーウエイト(ダンベルやバーベルを使ったトレーニング)やマシンでのトレーニングに取り組むようにしましょう。
・第四段階
第三段階を少なくとも数か月続けて、トレーニングを安全に行うためのガイドラインや手順を理解して、主要なトレーニングをマスターした場合にのみ、この段階に進むようにします。
主要なトレーニングメニューは10RMの50%の負荷でウォーミングアップを行ってから、6~10回×3セットを行います。
この段階にきて初めて各スポーツに特有な能力を伸ばすためのトレーニングを取り入れるようにしましょう。
また、16歳以下の子どもが1RMの重い負荷でトレーニングをするとケガのリスクが高いため、控えるようにしましょう。

睡眠と栄養も忘れずに

ここまで主に運動やトレーニングについてご紹介してきましたが、もちろん運動だけで良いわけではありません。
「運動」とともにトレーニング効果を構成する「睡眠」「栄養」もとても大切です。
「寝る子は育つ」というように、子どもは寝ている間に成長します。
それにもかかわらず、日本の子どもは、世界的に見ても睡眠時間が短く、かつ夜就寝する時間が遅いと言われています。
睡眠時間が短いと注意力・集中力の低下、体調不良など様々な弊害が出てくるため、子供の成長にとって悪影響を与えます。
必要な睡眠時間は個人差がありますが、親御さんがしっかりと管理して、思春期前までは最低でも10時間は取るようにしましょう。
また睡眠と同様に「栄養」、つまり食事もとても大切なものです。
子どもの食事では、バランスを意識しながらも特にタンパク質を意識して、カロリーを低く抑えるようにするといいでしょう。
タンパク質を摂取するには、チキンや卵がおすすめです。
牛肉はステロイドホルモンが投与されている可能性があり、子どもの成長に影響することも懸念されるため、食べ過ぎないように気をつけましょう。
またカルシウム(ゴマ、ホウレンソウ、牛乳・チーズなど)、亜鉛(カキ、オイスターソースなど)、カリウム(ジャガイモ、バナナなど)などもしっかりと補給すると良いでしょう。
夜ごはんは、寝る2時間前には食べ終えるようにしてください。
寝る直前に食事をすると、胃の中の食べ物が消化されず寝ることになり、睡眠の質を大きく下げてしまうのです。
そして胃の中を空にして、10時間以上しっかりと睡眠を取れば、朝目覚めたときにはきっとお腹が空いているはずです。
しっかりと睡眠をとり、しっかりと規則正しく3食摂って、子どもの成長に良い影響を与えていきましょう。

生き生きとした子ども時代を過ごして、健康な大人になろう!!

今回は子どもの健康についてお話ししてきました。
運動やスポーツが有効であること、睡眠や栄養が大切であることは大人と変わらない、むしろ大人以上なのです。
大きく成長する時期だからこそ、大人以上に気をつけなければならないことがある、ということがご理解いただけたのではないでしょうか?
子どもの出来不出来には、確かに遺伝的な要素の影響もあります。
しかし、それ以上に影響が大きいのが環境であり、自分で環境を整えることが難しい子どもにとって、環境は親御さん次第なのです。
子育てに励んでいる方、これから子育てに励んでいく方はぜひそのことを念頭に取り組んでください。
きっと肉体的、精神的、社会的に完全に良好な状態の「健康」を手にすることができるでしょう。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

<参考文献>
・ジョン J. レイティ著、脳を鍛えるには運動しかない!、NHK出版、2009
・ジャレッド・W・コバーン/モー・H・マレク編、NSCAパーソナルトレーナーのための基礎知識(第2版)、NSCAジャパン、2013
・特定非営利活動法人NSCAジャパン編、ストレングス&コンディショニングⅠ、大修館書店、2003