災害と健康について考える

2024.03.29


2024年3月11日、あの凄惨な東日本大震災から早13年が経ちました。
東日本大震災では、22,000人以上の犠牲者、16兆円9,000億円の被害額が生じ、その自然災害の大きさを表しています。当時の映像を目にするだけで、辛い気持ちがフラッシュバックしてくる方も少なくないと思います。

地震などの災害による被害には、「直接的な被害」と「間接的な被害」があります。
直接的な被害とは、言うまでもなく地震によって建物倒壊の下敷きになったり、津波に流されてしまったりすることによるケガや病気、命の危険などであり、被災者の身体の安全を脅かすものです。一方で間接的な被害とは、被災したことによるストレスなどでメンタルをやられてしまったり、悪化した生活環境によって感染症が蔓延したりするようなものを指します。

災害後の健康を調査した研究では、住宅の被害状況が被災者の認知能力を低下させること、大きな地震とその後の自殺率の因果関係が認められることなどが明らかになっており、災害と健康は密接に関係していると言えるでしょう。災害は突如として訪れ、私たちの生活を一変させてしまいます。もちろん災害には、地震、台風、噴火のような自然災害もあれば、戦争、テロ、放火のような人為災害もあります。自然災害にしても、人為災害にしても、残念ながら私たちにはコントロールできないものがほとんどです。

しかし、それらの災害に備え、自身の身を守ることはできます。そこで今回は、適切な備えと知識を身につけるため、「災害と健康」についてご紹介したいと思います。


災害時の栄養管理


栄養の重要性については、これまでの健康記事でもご紹介してきましたが、災害時には一層その重要性が増します。非常食には保存性が高い缶詰やレトルト食品が多く、栄養バランスをとることが難しいからです。支援物資として配給される食事も、手軽にエネルギーを摂取できる炭水化物が多く、栄養が偏りがちです。

栄養不足による健康被害は、特に高齢者において生じやすいと言われています。避難所などで身体活動の機会が減少し安静状態が長期にわたって続くと、栄養不足や食事摂取量の減少と相まって、廃用症候群(様々な心身の機能低下等)に陥る可能性が高くなります。避難所では個別栄養指導や食事介助を行い、高齢者の栄養摂取をサポートすることが必要になるでしょう。

このようなサポートは、高齢者自身に担ってもらうことも有効です。それは、避難所生活において、高齢者が社会的な役割の喪失を覚え、生きる気力を失ってしまうことがあるからです。積極的に社会的な関与の機会を増やし、相互扶助の中で生きがいを持って、避難所生活に取組んでもらうのです。

以上のことから、非常食は炭水化物に加えて、たんぱく質や良質な脂質、ビタミン、ミネラルなどの五大栄養素を意識して備える、具体的にはフリーズドライの野菜やナッツ類、サプリメントなどを防災リュックなどに常備しておくこと、また高齢者がいる家庭では、高齢者が食べやすいような栄養補助食品を用意するなど、食事の質と量に気を配ることが重要です。

日頃から適切な非常食の準備と、高齢者への支援体制を整えておくようにしましょう。


災害時の水分補給


1週間水分を摂取しないと生きていけないと言われるように、水分摂取はとても大切なものです。災害時には、断水で飲み水が確保できないといった原因をはじめ、適切な水分摂取が難しい状況もあります。夏の暑い時期であれば、発汗量に対して水分摂取量が少なく、熱中症の症状が見られることも少なくありません。これは、災害派遣の自衛隊や復興支援のボランティアなど救助活動に取り組む人も例外ではありません。また、冬の寒い時期であれば、避難所生活において頻尿になることを恐れ、夜間を中心に水分摂取を控える人も少なくないようです。

さらに、医療器具の持込やおむつ交換といった特別の対応が必要な方は、周囲へ迷惑がかかることを気にして、自家用車で寝泊まりする場合もあります。自家用車のような狭い空間での避難生活は、水分補給が十分でないことが相まって、エコノミークラス症候群、ひどいときには肺塞栓などの合併症に罹患するリスクも高くなります。

実は、大規模災害後に見られる病気で多いとされているのは、呼吸器疾患、特に肺炎です。阪神淡路大震災や東日本大震災、熊本地震の際にも肺炎が多数報告されたと言います。その一因には、水を自由に使えない状況下で口腔ケアが十分ではなかったことがあるとされています。

以上のことから、持ち運びが容易なペットボトルの水を常備しておくこと、それに加えてマウスウォッシュや水を使わない歯磨き粉・シート、サバイバル用浄水機などを揃えることも検討してみると良いかもしれません。

水分摂取の重要性を認識して、日頃から飲料水を準備しておくようにしましょう。


災害時の衛生管理


災害時は衛生環境の悪化によって、感染症が蔓延するリスクが高まることがあるため、適切な対策が必要になります。感染症予防の基本は、手洗いうがいをしっかりと行うこと、マスクを着用することです。

新型コロナウイルス感染症のパンデミック下で、多くの人が手洗いうがい、マスク着用の習慣を身につけ、例年流行する時期にもインフルエンザの罹患者が少ないというニュースを見たことがあるのではないでしょうか。経口感染や飛沫感染といった感染症には、この基本がとても有効なのです。衛生環境が悪い災害時は、特に食事前やトイレ後などのこまめな手洗いうがい、人とのコミュニケーションをとる(飛沫が舞う)際のマスク着用が重要です。

また、避難所生活においては、トイレの問題も深刻化しやすいとされています。断水された状態では水洗トイレが使用できないため、ポータブルトイレや簡易トイレが必要になってくるかもしれません。いずれにしても排泄物は感染症の主要な原因になりうるため、適切に処理していくことが必要になります。

さらに、災害時にはごみ処理の問題もあり、衛生環境を悪化させる要因になります。できる限りごみを分別し、焼却したり埋め立てたりして、適切に処理することが大切になります。

以上のことから、衛生管理を行うための水を確保すること(自宅では浴槽に水を溜める等)、水を節約するための除菌シート、また感染症や有害物質の飛散を防ぐためのマスクなどを準備しておくと良いでしょう。


災害時のストレス管理


災害時は普段と違う生活様式を強いられ、ストレスを抱えることが多くなります。このストレスは、不安定な生活、支援物資の不足、避難所における人間関係など、様々な形で生じる可能性があります。災害時のストレス管理は、適切に対策を講じるために、まずはストレスの原因を理解することが大切です。

精神的な健康を維持するためには、まず自分の感情を認識し、感情を抑え込みすぎず、適度に感情を表現することで、ストレスを軽減することができます。また、人々とのコミュニケーションの機会を持ち、互いに支え合っていくことも有効です。孤独感や不安を共有することで心の負担を軽くすることができ、一緒に取り組む適度な運動や趣味などでリラックスすることもできます。

ただし、一人でいるような静かな時間を持つことも大切なので、個人のプライバシーは尊重しなければなりません。静かな時間は、瞑想をしたり自分の好きなことをしたりとリラックスし、ストレスを和らげることができます。

災害時には、ストレスから生じる心疾患が増加するとされています。災害発生から直接生じる急性ストレス、災害発生後の避難生活や睡眠不足などの間接的な原因から生じる慢性ストレスがありますが、このようなストレスが動脈硬化や血栓などの症状を悪化させる可能性があるのです。災害により家族を失ったり、自宅が倒壊してしまったりした場合では、うつ病やPTSDに罹患する可能性も少なくないため、専門家による早急なケアや心理的介入などの適切な支援(認知的行動療法等)が必要になります。

以上のことから、人とのコミュニケーションを通して孤独感や不安感を取り除いたり、一人で瞑想や内省する時間持ってリラックスしたりするなど、日頃から自身のストレス管理を行う習慣を身につけておくことが大切です。


災害時の体力維持


ストレスを管理して精神的な健康を保つのと併せて、やはり体力を維持して身体的な健康を保つことも大切です。

災害時には体力を必要とする状況が多々ありますし、適度な運動を行って体力を維持することがストレス耐性や免疫力を高めることにもつながるのです。もちろん体力を維持するためには、先にご紹介した栄養管理も欠かせません。

また、身体的な健康という観点から、災害派遣の自衛隊や復興支援のボランティアなど災害対応に携わる際には、首や腰を痛める場面が多々発生します。このような方へのリハビリテーションの環境を整えておくことはさることながら、負担のかかりにくい身体の使い方や適切なリカバリーを行うことも有効です。

以上のことから、日頃から運動の習慣を持って身体的な健康を保っておくことが大事であることは言うまでもなく、災害時の限られた環境下でもできるウォーキングやストレッチを積極的に取り入れることが欠かせません。


災害への備えは日頃の生活から


阪神淡路大震災以降、「災害関連死」という言葉が一般的になりました。冒頭にご紹介した「間接的な被害」に該当するもの、つまり災害後に生じた事象によって引き起こされた死を指しています。災害と健康について考えることは、様々な災害に見舞われるこのご時世において極めて重要なことです。災害そのものを防ぐことは困難ですが、適切な備えをすることでその被害を最小限に抑えることができます。そしてその適切な備えというのが、私たちの普段の生活の集積であることを忘れてはなりません。今回ご紹介させていただいた観点を参考に、早速災害に備えた行動に取り組んでみましょう。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

<参考文献>

・陳鳳明、東日本大震災後の支援活動と被災地住民の健康状態、2019年生活経済学研究50 巻p.35-49、https://www.jstage.jst.go.jp/article/seikatsukeizaigaku/50/0/50_35/_pdf/-char/ja 、2024年3月18日閲覧
・冲永 壯治、 古川 勝敏、 石木 愛子、 冨田 尚希、 荒井 啓行、災害時における高齢者の救済―東日本大震災の時系列と今後の課題―2017 年 日本老年医学会雑誌54 巻 2 号 p. 136-142、https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/54/2/54_136/_pdf/-char/ja 、2024年3月18日閲覧
・安田 修、 池田 義之、 大石 充、熊本地震の特殊性と高齢者の健康問題2017 年日本老年医学会雑誌 54 巻 2 号 p. 120-124、https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/54/2/54_120/_pdf/-char/ja 、2024年3月18日閲覧
・立石 清一郎、 五十嵐 侑、災害と産業保健2023 年 産業医学レビュー35 巻 3 号 p. 125-、https://www.jstage.jst.go.jp/article/ohpfrev/35/3/35_125/_pdf/-char/ja 、2024年3月18日閲覧