男性に理解してほしい女性の「からだ」の話

2022.11.19

いよいよ開幕した冬季オリンピック北京大会。
連日、日本代表選手の活躍が報じられ、観戦している方も多いのではないでしょうか。
極限まで高められたパフォーマンスで競い合う姿は、観る者をひきつけ、明日への活力になりますよね。
しかし、そのような華々しい舞台の裏で、人知れず葛藤している女性アスリートが少なくないということをご存じでしょうか。
その葛藤というのが、女性特有の「からだ」の問題です。
現役を引退したオリンピアンの女性アスリートの話を聞くと、競技当日に月経(生理)のタイミングが重なって100%の力を発揮できなかった、競技生活中ずっと月経がやってこなかったなどといった問題を抱えている女性が多いことがわかります。
ジェンダー平等が叫ばれるこのご時世においても、まだまだスポーツの現場では男性の指導者が多く、そしてそのような女性特有の問題を理解している男性が少ないため、なかなか相談できないことも背景にあるようです。
そこで今回は、特に女性アスリートの指導をしている男性、成長期の娘さんがいらっしゃる父親に理解していてもらいたい女性の「からだ」について、ご紹介してみたいと思います。

女性アスリートの三主徴

競技としてスポーツをしていると、オリンピックのモットーでもある「より速く、より高く、より強く」を実現するため、日々厳しいトレーニングに取り組むことになります。
近年、女性のトレーニングを開始する年齢の低年齢化が進んでおり、厳しいトレーニングを行うことによって初経の年齢が遅くなったり、月経周期が乱れたり、食生活が乱れたりと様々な問題が見受けられるようになってきました。
1997年、アメリカスポーツ医学会は、特に大きな問題である「摂食障害」、「運動性無月経」、「骨粗鬆症」の3つを「女性アスリートの三主徴」と称し、注意を促しました。
その後、摂食障害があるかないかにかかわらず、エネルギーが不足していることに起因する問題とされ、2007年に摂食障害から「利用可能エネルギー不足(low energy availability)」に変更されることとなりました。
「利用可能エネルギー不足」、「運動性無月経」、「骨粗鬆症」で構成される「女性アスリートの三主徴」は、厳しいトレーニングを継続的に行うことで誘発されるとされ、それぞれが相関して起こり得る重要な問題なのです。
それぞれどのようなものなのか、どのようにして予防することができるのか、ご紹介していきます。

利用可能エネルギー不足とその予防

そもそも利用可能エネルギーとは、何を意味するのでしょうか?
これは非常に単純で、
[食事から摂る摂取エネルギー]-[運動で消費されるエネルギー]
で導きだされた残りのエネルギーを利用可能エネルギーといいます。
摂食障害ではなく、この利用可能エネルギー不足ということから、誰にでも起こり得るものであるということです。
私たちは運動時以外にも日常生活において、心臓を動かしたり、呼吸をしたり、体温を一定に保ったりと生命を維持するためにエネルギーを必要としています。
そのため、この利用可能エネルギー不足の状態が続くと、無月経になったり、貧血を起こしたり、下痢・便秘になったり、イライラしたり、さらには疲労骨折を誘発したり、発育異常をきたしたりと、様々な症状となって現れてきます。
特に思春期のような多感な時期には、自分の体型にコンプレックスを抱くことが多く、無謀なダイエットや過度の食事制限にはしりがちです。
それでは利用可能エネルギー不足を予防するためには、どうしたらよいのでしょうか?
言うまでもなく、「食事から摂る摂取エネルギーを増やす」、「運動で消費されるエネルギーを減らす」という2つのアプローチがあることがわかると思います。
食事から摂る摂取エネルギーを増やすときは、たんぱく質、糖質、脂質、ビタミン、ミネラルの栄養バランスのとれた食事を心がけ、極端な食事制限を行わないようにしましょう。
特に、糖質制限や脂質制限を推奨するダイエット法が増えているため、成長期にこのようなダイエットを行うことがないよう注意しましょう。
また、運動で消費されるエネルギーを減らすときは、基礎トレーニングや競技特性に応じたトレーニングがきちんとプログラムされているか、オーバートレーニングになっていないかといった視点で考える必要があります。
いずれにしても、利用可能エネルギー不足の徴候が現れたら、見過ごさないよう日々管理するようにしましょう。

運動性無月経とその予防

運動性無月経のお話の前に、月経について正しく理解する必要があります。
月経とは、約1か月の間隔で起こり、限られた日数で自然に止まる子宮内膜からの周期的出血と定義されています。
約1か月の間隔というのは、月経周期(月経初日から次回月経の前日まで)のことを指しますが、「25日~38日の範囲」かつ「各周期の日数変動が6日以内」であるとき、正常な月経周期であると判断されます。
月経異常には様々な種類・症状がありますが、その中でも特に深刻な問題とされるのが、月経がない状態、つまり無月経なのです。
そして無月経には、18歳以上になっても初経がやってこない「原発性無月経」と、初経・月経はやってきていたのに90日以上月経周期があいてもやってこなくなる「継発性無月経」があり、「継発性無月経」の原因が運動によるものを特に「運動性無月経」といいます。
運動性無月経が起こる理由としては、先に挙げた利用可能エネルギー不足、身体的・精神的ストレス、ホルモンバランスの乱れ、体組成の急激な変化などが考えられています。
これらの理由を見ていただくと想像にたやすいかもしれませんが、体操や新体操などの審美系競技、マラソンやトライアスロンなどの持久系競技など体脂肪率が低くなりがちな競技において、運動性無月経になるリスクが高いとされています。
無月経の何が問題かと言えば、女性ホルモンや卵胞刺激ホルモン、黄体化ホルモンが極端に減少する、それはつまり妊娠することが困難になったり、骨密度が低下して疲労骨折を起こしやすくなったりと、その後の人生に大きな悪影響を及ぼすことになることを意味します。
さらには、長期間無月経の状態が続くと、治癒することが困難になるとも言われています。
この運動性無月経を予防するには、先に挙げた利用可能エネルギー不足の対処方法のほか、身体的・精神的なストレスをため込まないよう発散の機会を準備したり、生活習慣を整えたり、急激なダイエットを行わないようにすることが大切になります。
そしてもし、3か月以上月経がない場合、15歳になっても初経がやってこない場合には、躊躇せず産婦人科を受診するようにしましょう。

骨粗鬆症とその予防

骨粗鬆症というと、高齢者を思い浮かべる方も少なくないと思いますが、決してそんなことはありません。
骨粗鬆症は、骨密度や骨質の低下により骨折しやすい状態のことを指します。
一般的に、女性の骨密度は11~14歳で年間増加率が最も大きく、20代前半でピークを迎え、それ以降は減少の一途を辿ると言われています。
つまり、ピークを迎えるまでにいかに骨密度を高くすることができるか、そしてピークを迎えた後にいかに骨密度の減少を緩やかにすることができるかが、とても大切になってくるのです。
骨密度を高めたり、減少を抑制したりする働きにおいて、エストロゲンという女性ホルモンが大きな役割を演じます。
高齢女性が骨粗鬆症になりやすいのは、閉経によってこのエストロゲンが減少することに由来すると考えられています。
しかし、運動性無月経のところで挙げたように、無月経の状態でも女性ホルモン、つまりエストロゲンが減少するため、高齢女性と同じ状態になってしまうリスクがあるのです。
競技に取り組んでいる若年期に、将来の骨の健康を損ねることはあってはなりません。
骨の形成に必要なカルシウムやビタミンD、Kを食事で摂取するとともに、適切な運動強度でトレーニングを行い、正常な月経周期を維持することが大切なのです。
ここまでお読みいただき、「利用可能エネルギー不足」、「運動性無月経」、「骨粗鬆症」は相互に関連しており、総合的な対策が必要ということがおわかりいただけたのではないでしょうか。

低用量ピルの活用

「ピル」というと、避妊薬のイメージが強いという方も少なくないでしょう。
しかし、競技当日と月経のタイミングが重なって100%の力を発揮できなかった、ということのないよう意図的に月経周期をコントロールするために、この低用量ピルが活用されているのです。
「そんなもの服用してドーピングにならないの?」と思うかもしれませんが、低用量ピルの成分はエストロゲンとプロゲスチン(黄体ホルモン)、つまり女性ホルモンと同様の成分なので、ドーピングになることはありません。
低用量ピルを服用するとなぜ月経周期をコントロールできるかというと、脳がこれ以上ホルモンを分泌する必要はないと判断します。
そうすると排卵が起こらなくなり、結果として自分の卵巣からエストロゲンやプロゲステロンが分泌されなくなるのです。
競技当日と月経のタイミングが重なってしまいそうなとき、低用量ピルの服用を少し早めにやめると月経を早く起こすことができ、逆に服用を続けると月経を遅らせることができます。
このほかにも、月経前症候群や月経困難症などの治療に利用されることもあります。
低用量ピルは避妊薬としてだけではなく、月経の悩みを改善することにも役立つのですね。
ただし、頭痛やむくみ、倦怠感といった副作用が出る場合もあるため、大事な試合直前に利用を開始するのではなく、試合が少ないシーズンオフの時期に服用を開始するなど、余裕を持った対策をとれるようにしておきましょう。

女性特有の悩みを理解して、寄り添った指導をしよう!

いかがでしたでしょうか?
女性にとっては当たり前のことでも、男性にとっては未知の世界だったのではないでしょうか。
今回ご紹介した「女性アスリートの三主徴」は、単に競技生活に悪影響をきたすというにとどまらず、その後の女性の人生に大きな悪影響をきたすということがおわかりいただけたと思います。
特に思春期の女性は多感であり、悩みを打ち明けることが恥ずかしいと感じることもあるでしょう。
そのとき、周りにいる大人の方々が寄り添って、これらの徴候の把握に努めていただくことが必要になります。
競技能力を伸ばすために、大切なものを失うことのないように、しっかりとサポートしていきましょう。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。